「幸福」は共鳴し増幅するネットワーク
「幸福」は共鳴し増幅するネットワークである
個人の幸福感は、二つのかたちで周囲の人びとに影響を与えます。ひとつは外面的行動で、もうひとつは内面の心理への共感というかたちで。
幸せを実感している人は、必ずそれが外面に表れるものです。そして、他の人をも幸福にするのです。哲学者の三木清は『幸福について』でこのように述べています。
「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現はれる。歌はぬ詩人といふものは眞の詩人でない如く、單に内面的であるといふやうな幸福は眞の幸福ではないであらう。幸福は表現的なものである。鳥の歌ふが如くおのづから外に現はれて他の人を幸福にするものが眞の幸福である。[i]」
たとえば、タクシーに乗って、いかにも運転手さんが幸せそうに働いている様子、明るいあいさつや、最高のサービスを提供しようと、やりがい、使命感をもって働かれている 態度に接すると、タクシーに乗っている間だけでなく、その日一日中気分がよいものです。このような経験は、誰しもあるのではありませんか。
また、外面だけでなく、相手が内面で幸せを感じている様子、あるいは不幸を嘆き悲しむ様子に人は共感するものです。親しい間柄、愛情で結ばれている家族や恋人、親友の間では、幸せの共感の絆は一層強いものとなります。
アダム・スミスは『道徳感情論』の「共感について」において、こう述べています。
いかに利己的であるように見えようと、人間本性のなかには、他人の運命に関心を持ち、他人の幸福をかけがえのないものにするいくつかの推進力が含まれている。[ii]
「共感」のネットワークの有無、強弱は、個人の性格、人間性や、相互の関係の強さによって異なるにしても、人間に備わった普遍的なもののように思えます。「幸福」は「共感」という能力によって、集団の中で相互に共鳴しあい、増幅するものなのです。
このことは「従業員幸福度(EH)」を考える上で非常に重要な意味を持つと考えます。すなわち「従業員幸福度(EH)」とは、ばらばらに存在する個人の価値ではなく、相互に影響しあい、増殖していくダイナミックな相乗効果のネットワークなのです。
「従業員幸福度(EH)」の高い会社は顕著な成長を達成している例が多いことが知られています。私の調査データでもそのことは裏付けられます。なぜ「従業員幸福度(EH)」の高い組織は発展するのか、その原動力として「幸福」の共鳴と共感で増殖していくネットワークの相乗効果が働いていると考えます。この働く「幸福」が増殖するスパイラルを作り出すことが「従業員幸福度(EH)」を高める活動の鍵となるでしょう。
[i] 三木 清,「幸福について」(『人生論ノート』,青空文庫)
[ii]アダム・スミス,『道徳感情論』p30