「やりがいの搾取」(または「やりがい搾取」「やりがい詐欺」)働く幸福の搾取-3

「やりがいの搾取」

 近年「やりがいの搾取」(または「やりがい搾取」、「やりがい詐欺」とも呼ばれる)ということが問題となっており、学術的にも研究対象になっています。従業員が与えられた労働条件を度外視して自然発生的に仕事に打ち込んでより大きな成果を企業にもたらすことが、正しく賃金に反映されないことが問題とされているのです。

 初めて、企業が従業員の「やりがい」を悪用して搾取が行われていること問題にしたのは、社会学者の阿部真大であり「企業が巧みな労働管理を行い、仕事を労働者にとって楽しくやりがいのあるものにして、低い賃金でも満足させること」を言います。

(阿部真大『搾取される若者たち』―バイク便ライダーは見た! 、集英社新書 、2006)

また、教育社会学者の本田由紀は「やりがい搾取」という言葉を用い、搾取に結びつきやすい従業員のマネジメント手法として、次の四つを挙げています。

「趣味性」

「奉仕性」

「ゲーム性」

「サークル性・カルト性」

(本田由紀『軋む社会――教育・仕事・若者の現在』河出書房新社、2011年)

 従業員の「やりがい」を利用して、低賃金でこき使うというやり方は、従業員を経済的に搾取する行為であり、一番目の「経済的搾取」の一形態とも言えますが、自己犠牲に基づく低賃金長時間労働を「やりがい」で合理化していること、不払い残業(サービス残業)がしばしば発生し、違法行為が横行している点が異なります。

 最近問題になっている、個人事業主やギグワーカーの偽装雇用なども「やりがいの搾取」の典型といえるでしょう。

「やりがいの搾取」が横行している企業では、従業員の使命感溢れる行動の「美談」が多いのも特徴です。従業員は、美談競争に、嬉々として邁進し、カルト集団としての純化、治外法権の王国を創り上げていきます。時おり「冷めた常識」を述べる従業員もいますが、そういう人は異端審問にかけられて、自己批判を行い「改心」するか、魔法が解けて、組織を去って行きます。

このような企業にも二つのタイプがあるように思います。

一つは、経営者の能力が凡庸で、ビジネスモデルそのものに優位性がなく、倫理観も欠如しているので、収益力の低さを「やりがいの搾取」でカバーしている企業

二つ目は、経営者の非凡なリーダーシップとビジネスモデルの創造力によって高収益を確立しているが、規範意識、遵法精神が希薄(サイコパスと思われる経営者が少なくありません)なので、労働基準法無視の「俺様」流マネジメントがまかり通っている企業

企業にも成長のライフサイクルがありますが、この二つのタイプは成長の転換期となる局面で対照的な運命をたどります。

1番目の企業は、単なる素性の良くない企業なので、やがて労務問題が顕在化し、しばしば裁判沙汰となり、世間の批判も浴びて、内部崩壊を来し消滅していきます。

2番目の企業は、二つの可能性があります。

一つは労務問題のスキャンダル、司法による断罪、世論法廷の力が、 企業の生命力を上回り、消滅していく場合。

二つ目は、スキャンダルをきっかけとして労務的な悪弊を断ち切り、更なる成長のステージを切り開いて行く場合です。

もともとビジネスモデルの優位性、経営者のリーダーシップには、見所がある企業ですから、労務面の黒歴史を清算すれば、健全な社会価値を創出する企業として、立派に更生、再出発する潜在的成長性を秘めているのです。このような紆余曲折を経て、日本を代表する企業になった例はいくつもあります。

 これは、けっして例外的ケースではありません。誤解を恐れずに言えば、かつての主流である「日本的経営」企業は大半そうだったとも言えると考えます。労働基準法を愚直に守る会社の方が少数派だった時代もあるのです。

 コンプライアンスの徹底が進み、労働組合の努力もあり、ここ数十年は正常化が進んできました。しかし、見過ごせないのは、近年、新興サービス企業の増加、非正規雇用の拡大が進み、新手の「やりがいの搾取」が増えていることです。

 しかし、それはかつての牧歌的な日本的会社に還るということではありません。古き良き日本的経営を体現していた企業は、労基法上、疑問があるマネジメントも横行していた代わりに、終身雇用、安定した年功型賃金、家族的経営のソーシャルサポートを提供していたのです。

 現代の「やりがい搾取」企業に、そのような温情はカケラもありません。これは、三番目の課題、「働く人々の貧困化、従業員の雇用の不安定化」の原因ともなっています。

このような、なりふり構わない企業の姑息な経営手法が一般的になりつつある現代は、合成の誤謬の典型であり、「働く人々の貧困化、従業員の雇用の不安定化」により、特に日本ではそれが顕在化して、働く人々の購買力低下、個人消費縮小という形のブーメランとして返ってきています。

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https://ameblo.jp/wineclub/entry-12611338706.html

(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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