ダイバーシティによる従業員幸福度(EH)向上① 障がい者雇用
ダイバーシティの実現
「最大多数の最大幸福」を実現するためには、働きたいという就労意欲を持つ多様な人々の基本的人権としての「労働権」を尊重することから始めなければなりません。
日本国憲法第27条1項は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と定めて、国民に勤労権(労働権)を保障し、あわせてその義務も課しています。
組織の社会的責任として多くの人々に門戸を開き、従業員としての幸福を実現することが求められているのです。国民の大多数が従業員として何らかの組織に雇用されているわけですから、その意味ではダイバーシティの実現は、社会全体の最大多数の幸福を実現するための一丁目一番地と言えると考えます。
具体的にダイバーシティの課題となるのは障がい者、女性、高齢者、外国人の雇用が代表的な存在です。しかし、日本では、まだまだこれらの人々の基本的人権としての、働く権利が十分守られていないのが現状です。組織が、その社会的責任を果たしていないということが言えるでしょう。
① 障がい者の雇用と活き活きと働ける組織と働きやすい職場作り
障がい者の雇用は残念ながらまだまだ著しく遅れている分野です。組織には一定の障がい者を雇用するよう法令で定められています。2018年4月1日に施行された障がい者雇用促進法によって、民間企業における障がい者の法定雇用率は2.2%になりました。法定雇用率2.2%という数値は経過措置であり、2020年度末までに2.3%に引き上げが予定されているため、企業にはさらなる障がい者雇用に向けた対応が求められています(2020年現在)。なお、2018年に施行された障がい者雇用促進法では、障がい者雇用義務の民間企業の範囲がこれまでの「従業員50人以上」から「従業員45.5人以上」に変更されています。
民間企業では法定雇用率を満たしている企業はわずか48%に過ぎません(2019年6月1日時点)。つまり過半数の民間企業が法令違反を犯していることになり異常な事態と言えるでしょう。改善はされてきていますがまだまだ道半ばというところです。
厚生労働省の発表によれば、2019年6月1日時点での民間企業で働く障がい者は56万608.5人です。前年比4.8%増で、過去最多を更新しました。全体で見ると、従業員に占める障がい者の雇用率は2.11%となり、過去最高となっています。しかし法定雇用率(企業は2.2%、国と自治体は2.5%)は依然として満たしていません。
国の機関で働く障がい者は7577人(2019年6月1日時点)。雇用率は2.31%で、やはり法定雇用率には及んでいません。
企業で働く身体障がい者は35万4134人(前年比2.3%増)、知的障がい者は12万8383人(同6.0%増)、精神障がい者は7万8091人(同15.9%増)。精神障がい者は昨年4月から雇用義務の対象になった影響もあり、大きく伸びており改善は進みつつあります。
業種別でみると最も高いのは2.73%の医療、福祉分野であり、農林漁業と生活関連サービス、娯楽業なども法定2.2%を上回っています。最も低いのは教育、学習支援業の1.69%となっています 。
多くの組織は、未だに障がい者を雇用することを負担と考えているようです。予断と偏見も根強く、他の業種はともかくうちの業界では難しいとか、職種的に無理だとかそういう声を今でも少なからず耳にするのは、甚だ残念なことです。
筆者は2019年5月まで『日本でいちばん大切にしたい会社』で有名な、坂本光司元法政大学大学院教授が会長を務める、「人を大切にする経営学会」の事務局企業の役員を務めていました。坂本先生は、障がい者などを積極的に雇用することで社会に貢献し、しかも業績も素晴らしいという企業を数多く発掘してきました。例えば日本理化学工業など、国会でも取り上げられたことがあります。筆者も、当時の法政大学、坂本研究室の調査業務などをいくつも手がけましたが、そこで取り上げられる、障がい者雇用に積極的な企業の例は、まさに目から鱗が落ちる思いがしたものです。
多くの人々の、働く幸福度を高めるためには、まず多くの企業が予断にとらわれ、先入観を持って、障がい者雇用を負担と捉えている認識を改める必要があります。そのためには次のような思い込みを捨て障がい者雇用のパラダイム変革を図る必要があります。
障がい者のEHを高める
→障がい者と共に働くということでみんなのEHが高まる
多くの組織の経営者の誤解しているのは、障がい者雇用を、障がい者のみに恩恵的に与えるものと考えていることです。障がい者雇用による従業員幸福度の促進とは、障がい者のみの従業員幸福度を高めるものではありません。
障がい者を積極的に採用してきた企業の経営者や従業員が等しく口にするのは、障がい者を受け入れるようになってから、職場の雰囲気が良くなった、職場チームが、よく助け合いや協力をすることで生産性が高まった、従業員同士のいがみ合いが減って、みんなが優しくなったということです。
これは、障がい者を職場の仲間として迎えることによって、他人を思いやる気持ち、協力し合う気持ち、自分以外の他者に貢献しようとする気持ち、それらが職場の協働性と生産性を高め、従業員の幸福度を相乗的に高め合うことになっていると思うのです。すなわち、障がい者と共に働くことによって職場、組織全体が幸せになるということなのです。
障がい者雇用は、企業にとって負担である
→障がい者を雇用することで新たなビジネスチャンスが広がる
障がい者雇用に積極的でない企業は「うちにはそんな余裕がない」ということをよく言われます。確かに、障がい者を受け入れるということには一定の準備が必要だとは思いますが、単に人的コストの増大という風に捉えている経営者も多いのではないかと思います。
P.ドラッカーは、かつて、人材はコストではなくキャピタルである、と言いましたが、同じように障がい者も新たなビジネスの可能性を広げてくれる、大切な人材です。
組織を健常者だけで固めるということは、ビジネスの視野を著しく狭めることになります。世の中には色々な人が暮らしています。若い時から障がいを持っている人もいますが、健常者でも高齢になれば、誰しも身体的機能は衰え、軽重の違いはありますが、何らかの障がいを持つことも普通になります。企業は幅広い顧客を対象にしていますから、従業員に同じようにいろんな障がいを持つ人がいると、商品やサービスの開発にも、当事者としての立場で、健常者のみでは気づかない、きめ細かな商品開発やサービスのアイデアを提供してくれます。
例えば、TOTOは、障がい者雇用に大変積極的で優れた企業で「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞『経済産業大臣賞』」も受賞している企業ですが、そういった障がいを持つ従業員のアイデアが、商品開発に随分と生かされ、マーケティングに役立っているそうです。
例えば、今日の住宅においてバリアフリー設計は必須となっています。障がい者でなくとも、高齢化社会で、老齢化に伴う新身体能力の衰えは、万人に共通する生活上のハンディとなり、車椅子の生活が日常となっている家庭も一般的です。そのような家庭における住設機器の設計では、若い健常者では想像力が及ばない部分も、自身が障がいを持っていれば、実感として、かゆいところに手が届く設計が実現できます。
障がい者を形式的に雇用すれば責任を果たしている
→障がい者が、誇りと働きがいを持って就業できる環境作りをして初めて雇用の責任は果たされる
障がい者が誇りを持って働くことを、なかなか実現できていない実態に憤りを持って、ヤマト運輸の故小倉会長は、スワンベーカリー立ち上げました。同社のホームページには「株式会社スワンは障がい者雇用の場を作り、自立と社会参加を応援する会社です。」と記載されています。創業当時の障がい者雇用の実態と、創業の動機について、同ホームページでは、こう書かれています。
現状を知ろうと各地の作業所を訪ね、そこで障がい者が手にするお給料がわずか1万円(当時)にも満たないことを知ります。自立するにはほど遠い現状に驚き、疑問を持ちました。
そこで、長年経営者として培ってきた経営のノウハウを伝授し、低賃金からの脱却を図るため、「作品」作りではなく、一般の消費者を対象としたマーケットで売れる「商品」作りを目指したセミナーを1996年から全国各地で開催し、意識改革に取り組んできました。
この過程の中で月給10万円以上支払うことを実践する、「焼き立てのおいしいパンのお店」を開くことを決めました。
(株式会社スワン、ホームページ http://www.swanbakery.co.jp/business/)
そこにある思いは、障がい者である従業員が、自らの労働によって収益を作り出して報酬を得ることで、働く幸せを実感するという、当たり前のことがいかに大切であるかということを教えてくれています。
これらは、ほんの一例で、日本には障がい者を積極的に雇用して、優れた経営を実践している企業がたくさん存在します。
筆者は「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の事務局企業、イマージョンで、2019年5月まで役員を務めていましたが、同賞応募の条件に「障がい者雇用率は法定雇用率以上であること」が必須要件で含まれています。
ちなみに先にあげたTOTOの場合は、受賞理由の一つに、次の項目が挙げられています。
TOTOグループ全体では、障がい者社員304名のうち、約半数が重度障がい者と精神障がい者でありTOTO本体では、3名を除き、全員正社員である。
(同社ホームページ、ニュースリリース「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞『経済産業大臣賞』受賞」、https://jp.toto.com/company/press/2017/03/22_003443.htmより)
障がい者の法定雇用率クリアは、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の受賞要件ではなく、応募資格ですから、受賞企業以外にも積極的に障がい者雇用を行い、多様な人々の参画と協働によって、経営の相乗効果を上げている企業はたくさん存在します。
そのような例を見ていると、日本全体ではまだまだ遅れているとはいえ、日本の会社も捨てたものではないなと思います。もっとも、障がい者雇用をはじめ、人を大切にする経営を実践している多くの企業を審査する大賞の事務局を務めている会社であるイマージョンから、筆者は脳梗塞の後遺症という障がいを理由に追われたのですから、皮肉なことではありますが。閑話休題。
障がい者を雇用するということは、収益の有無に関わらず、単なる作業をあてがってそれで
良しとするのでなく、きちんと労働が価値を生んで収益を実現し、そこから報酬を得ると言うプロセスを実感してもらう責任を果たして、初めて障がい者を雇用していると胸を張れるのではないかと思います。
障がい者雇用は、何も準備することなし達成できる課題ではありませんが、障がいを持っていても働きたいという希望を持つ人々に雇用の機会を提供することは、当然の社会的責任として法律でも定められているのであり、これさえクリアすれば良いという考えではなく、障がいを持つ従業員、健常者の従業員みんな力を合わせて、お互いの幸せを高め合う、そのような幸福度の高い組織づくりによって、事業もさらに発展するという、win-winの相乗効果による発展を目指そうではありませんか。
さらに言えば、特定の障がいを持つ人々を、「障がい者」というレッテルを貼って分断すること自体、問題だと筆者は思っています。障がい者雇用と言うと、何か特別な人を雇うというイメージを持っている人がまだまだ多いと思いますが、いわゆる健常者に区分される人々は、完璧な人間の集まりなのでしょうか。神様でもない限り、誰しも強みもあれば、至らない問題も持っています。
「健常者」と言われる人の集まりでありながら、考え方や性格、行動特性など、いろんな問題を抱えている従業員をマネージメントしていく、同僚として付き合っていく難しさを、誰しも経験的に知っているのではありませんか。だから、みんな「障がい者」であり、みんな「健常者」なのです。
身体的障がい、精神的障がいを理由に、雇用の機会を不条理に奪われる人が未だ多い今日、障がい者の法定雇用率など、一定の基準を設けて、働く機会の拡大を促進していく必要性は認めますが、本来、そんなレッテルによる分断は存在しない社会を創りたいものです。
金子みすゞが詠ったように「みんなちがってみんないい」のですから。
前の記事↓
https://ameblo.jp/wineclub/entry-12611551856.html
(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)