幸福の精神的搾取としての「自己実現の搾取」

幸福の「精神的搾取」としての「自己実現の搾取」

 従業員の幸福は、経済的搾取のみならず、精神的にも搾取されていると言えるでしょう。先に述べた通り、マルクス・エンゲルスは、当時の労働者(従業員)が「自己実現〔自己活動〕から完全にしめだされている」と喝破しました。

(マルクス・エンゲルス著、新訳刊行委員会訳、新訳 『ドイツ・イデオロギー』新訳刊行委員会・現代文化研究所、2000年、p134)

 これは従業員の働く幸せが自己疎外に陥っている状況です。 従業員は生産手段を自ら所有していないことと、分業によって非常に限られた部分に閉じ込められていることによって、自らが働く幸せを、全て自分のものとして実感することができないのです。

 アランが言ったように「自分の仕事の跡を目でとらえ、そしてそれを守っていくことができれば幸福」なのですが、そのようなプロセスからは従業員は疎外されているのです。

 ヒルティも指摘したように「工場労働者は、自分の労働の成果を見ることがあまりに少ない」のが実態であり「いつもただ小さな歯車か何かをつくる手伝いをするだけで、決して時計全体を作ることはない、しかも時計は楽しい芸術品で、人間らしい真実の仕事の成果なのに」誰もが等しく持つはずの「人間の尊厳」を実感できないのが、多くの従業員の働く実態なのです。 

(ヒルティ、草間平作 訳『幸福論』第一部、岩波文庫、pp.19-20)

 それでは、本来確かに存在するはずの、自分の仕事の道程を確かめ、成果を実感する働く幸せは、従業員からは疎外されて、どこに行ったのでしょうか。

 従業員の阻害された働く幸せを、一手に束ねて手にすることができるのは、資本と生産手段を所有し、従業員に対して支配的地位を持ち、彼らの仕事の全体を俯瞰して眺めることができる経営者です。資本の蓄積によって一人一人の働きの成果の合計を遥かに上回る成果、生産活動の相乗的価値を独占することができ、資本家、経営者は雇用する従業員に比べて比較にならないほど大きな幸福感を得ることができます。

 これは、生産手段に組み込まれ、細かく切り刻まれた従業員の幸福感の疎外を糧にして獲得できた報酬なのです。このようにして、従業員は経済面と精神面において、二重に搾取されていると言えるでしょう。

 経営者は、そのようにして自らが従業員の幸福を搾取しているという自覚が必要だと思います。未熟で共感力の低い経営者ほど「自分は土日も働いてちっとも休みたいとは思わない。早く帰りたいとか休みたいとか言う社員の気が知れない」などと平気で仰います。

 そういうことを臆面もなく言えるのは、なぜ自分が土日も休日も厭わず働こうという精神状態を持ち得るのか、なぜ働くのが楽しくてたまらないのか、そういうことへの自己洞察が不足しているのです。自分の働く幸せの、多くの部分が従業員のおかげで成り立っているということへの感謝、謙虚さが薄いと思うのです。

生産手段を所有し、そこで多くの従業員を、自分の支配下で働いてもらうことができ、しかも、それがほとんど自分の自由裁量になるということのありがたさに、まず思いを致すべきでしょう。この部分が経営者と従業員では決定的に違います。

自分が24時間働いていて楽しいからといって、この条件の違いに抜きにして従業員にも同じ働くことへのコミットメントを求めようというのは虫がいい話です。

 経営者の大きな幸福の裏側には多数の従業員を雇用する責任や経営のリスクの負担もありますが、

それも含めて一人では成し得ない大きな存在を動かしていると言う自己効力感、精神の高揚は

他では得られないものがあると思います。

 経営者は、まず、そういう従業員の「精神的な働く幸せ」を搾取していると言うことを自覚して、自己の幸福の母たる従業員への感謝、謙虚さ、自己を律する倫理観をもって経営にあたる責任があると思います。

 そして、従業員の疎外された働く幸福、自らが搾取した「自己実現」という精神的幸福を、報酬体系を工夫して、いかに従業員に還元するかを考え、従業員の精神的幸福度を高めるように仕事の仕組みを工夫するなど、常に考える必要があると思います。

 筆者の調査でも「自己実現」は、従業員幸福度と最も因果関係が高くなっています。働く幸福の「精神的搾取」から、従業員を完全に解放することはできないにしても、少しでも従業員の手に取り戻すことが、極めて大切な課題と考えます。

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https://e-happiness.co.jp/employee-happiness-eh-three-exploits-1-economic-exploitation-ricard-marx-or-piketi/

(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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