お金があればあるほど幸せ? 収入別幸福度変化

「幸福度」は収入別でどう違うか?

お金は、あればあるほど幸せなのでしょうか?
結論から言うと、
お金があるほど幸せ」とも「お金があるほど幸せではない」とも言えます。
なんだ結論じゃないだろう!と突っ込まれそうですが、それはどういうことか?
これまでも言及してはいますが、あらためて最新のデータを見て見ましょう。
働いている日本国民の世帯収入別「幸福度」の変化を調査・分析してみました。下記のグラフをご覧ください。

【従業員幸福度の世帯収入別幸福度変化グラフ】
(N=6000,2023年4月~2024年2月)

前回の記事で示したように、年齢に応じて「幸福度」はかなり変化しますので、
上のグラフは世帯年収層ごとの年齢層分布が均一になるように集計(ウェイトバック集計と言う)してあります。

収入が上がるほど「幸福度」は上がる傾向

一見してわかるのは、途中二つの収入層で落ち込みはあるものの、1500~1800万未満までは収入が上がるほど「幸福度」は上がることです。
つまり、世帯年収1500~1800万未満までは

お金があるほど幸せ」ということですね。

500~600万未満、800~900万未満で落ち込みが見られるのは、収入以外の交絡因子(調査・分析したい主要な影響要因の仮説(ここでは「収入」)以外の別の隠された要因)の影響を受けているものと推察されます。

「幸福度」は年収1500~1800万で頭打ち、それより収入が多いと「幸福度」は下がる

世帯年収1500~1800万未満までは収入が上がるほど「幸福度」は上がるものの、
「幸福度」は年収1500~1800万で頭打ちとなり、それより世帯収入が多いと、むしろ「幸福度」は低下することが表れています。
ここで言う年収は世帯年収であることに注意が必要です。個人の年収ですと1000万前後になると思われます。
実際、同様の調査を2019年に実施したことがありますが、そこでは「幸福度」は個人の年収が約1000万で頭打ちとなっていました。
この原因としては、下記の二つが働いていると考えます。

「限界効用逓減の法則」※が働き、豊かになるほど、お金の価値、ありがたみが薄れる
「幸福度」についてお金は主要な規制要因ではなくなり、むしろお金の豊かさが他の「幸福度」低下の原因を引き起こす

※「限界効用逓減の法則」近大経済学の言葉です。

経済学でいう「効用=幸福」と考えて差し支えないと思いますが、「限界」とは変化の割合を指します。
「限界効用逓減の法則」とは、平たく言えば「貨幣等の財の効用(≓満足、幸福)の変化は少額の段階ほど大きく、貨幣等の財が豊富になるほど、その効き目(効用≓満足、幸福)、価値のありがたみが薄れる」ということです。
例えば、食うや食わずの極貧状態では、お金は少額であっても、その差は決定的な価値の違いを持ちます。比較的収入が少ない段階では、収入の増加によって得られる衣食住、耐久消費財や住宅等の差は目覚ましいものとなり、切実な消費欲求の充足度に比例して幸福度は上がります。
しかし、だんだん必要なものが揃って一定の贅沢の欲求も満たされるとお金のありがたみ=幸福度は頭打ちとなり、かえって、経済的な豊かさによって生じる他の要因(交絡因子)、家庭内外のいざこざが新たな不幸の火種となって人々の幸福度のばらつきを産むかもしれません。こういうことは経験的にも納得がいくことだと思います。

経済的豊かさは「幸福度」に直結しない

経済的豊かさ=「幸福度」では無く、経済的豊かさは必ずしもダイレクトに「幸福度」に結びつくわけではないということを初めて研究で明らかにしたのは、
R.イースタリンというアメリカの経済学者です。
1974年に発表された研究(1)でイースタリンは、

一人当たりの所得が増えても、ある一定値を超えると、一人当たり所得の伸びと「幸福度」の伸びが明確な相関を持たなくなる

という現象を発見しました。さらに、以下のことを明らかにしました。

  1. 国際比較で見ると、所得の高い国の幸福度が必ずしも高いとは言えない
    :所得が高い国々と低い国々との間で、幸福度の差はそれほど大きくない。
  2. 一国内の時系列で見ると、所得の上昇が必ずしも幸福度の上昇をもたらさない
    :一国が経済成長して所得が上がっても、幸福度はほとんど変化しない。
  3. 所得がある水準以上になると幸福度が頭打ちになる(飽和点の存在)
    :年間所得が1~2万ドルを超えるあたりから、所得が増えても幸福度は高くならず、頭打ちになったり、場合によっては下がってくる。

この研究によって、経済的豊かさと「幸福度」が一致しないことは、
「イースタリンパラドックス」または「幸福のパラドックス」と呼ばれるようになりました。
次いで、2010年、
プリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授とアンガス・ディートン教授(お二人ともノーベル経済学賞受賞)は、
年収と幸福度の関係について重要な研究を行いました(2)。彼らの研究では、
「年収が7万5000ドル(日本円にして約800万円)までは、収入が増えれば増えるほど幸福度は比例して大きくなるが、
それ以上では幸福度は上昇しなくなる
という結果が示されました。
これらの調査研究をきっかけとして、 GDPに象徴される、物質的経済規模の拡大、成長至上主義の経済や、勤労者の経済面中心の労働条件、経営施策が大いに疑問視され、人間の内面の豊かさ、幸福度が注目されるようになったのです。

「幸福」はやっぱりお金でしょ?

ところが近年「幸福はお金ではない」という仮説を覆すような「幸福のパラドックス」に関する反証となる研究も出てきました。また、
2023年、上記のダニエル・カーネマン名誉教授はペンシルベニア大学ウォートンスクールのマシュー・キリングスワース上級研究員とペンシルベニア大学のバーバラ・メラーズ教授とともに、新たな研究を発表しました(3)。
この新たな研究では、
「年収が7.5万ドル以上になっても、幸福度が高いグループの人々では幸福度は伸び続ける」
という結果が示されました。
幸福度が低いグループと高いグループに分けて分析した結果、幸福度が低いグループの人々では、年収と幸福度の関係がある一定で頭打ちになるが、
幸福度が高いグループの人々では、年収の増加とともに幸福度の上昇傾向がさらに強まるという結果が示されました。
このように最近「幸福のパラドックス」を疑問視するような反証となる研究も発表されていますが、上の研究も、
ある限定された条件の下では収入が伸びるほど幸福度は上がり続ける、というものです。
いくつか反証は出てきたものの、
収入が相対的に少ない段階では収入と「幸福度」との相関は極めて強く、収入が十分上がれば「幸福度」は上がり続けるにしても、
収入と「幸福度」の相関は弱くなるという法則性はあるものと考えられます。
すなわち、
お金に困っている人にとってお金の有無は、しばしば「幸せ」か「不幸せ」かを分かつ決定的要素となり、
収入が少ないうちは収入の伸びは生活水準(Well-being)の豊かさを左右する重要な要素だが、
十分に金銭的余裕が満たされてくれば「限界効用逓減の法則」(上述)が働き、
収入の増減は相対的にさほど重要ではなくなり、「幸福度」は他の要因に、より強く左右されるようになる


ということだと考えます。
しかし、これは「貧乏なうちは幸福なんかあり得ない」とか「幸せはお金の有無で決まる」と言いたいのではありません。
人間には、貧乏をはじめ逆境を耐え抜く強靱な力があります。
恵まれない境遇にさえ「幸せ」を見出し「災い転じて福となす」のが人の人たる所以です。
困難に耐え、しなやかに立ち直る力をレジリエンス(※関連記事)と言い、
不運な巡り合わせも「悪いことばかりじゃない」と前向きに捉える力を「適応的選好形成」(※関連記事)と言います。
とはいえ、これは人間に備わった非常時の自己防衛の仕組みであり、お金の問題はこだわらなくていいというものではありません。
お金が「幸福度」、心身の「Well-being」の重大な決定要因であることは、これまで見てきた通りです。
安易に「心の時代」などと言うのは偽善に過ぎません。

「幸福」はお金じゃ買えない、しかしお金は不幸を防ぎ、幸せをつかむ糧となる

当たり前ですが「お金」=「幸福」ではなく、「幸福」そのものはお金では買えません。
しかしお金は不幸を防ぎ、幸せをつかむ糧となります。
逆説的ですが「幸せであるためには、まず取り返しつかない不幸から身を守ること」が筆者の持論です。
「幸福」であるには、まず重大な「不幸」の危機を防ぐことが大切です。何が「不幸」を招く危機かというと、
私は「不幸の三大リスク」と呼んでいますが、それは、
1.健康
2.お金
3.人とのつながり
  です。
これらは相互に密接な因果関係がありますが、お金の果たす力に焦点を当てると、
「健康」の維持には予防、検査、治療の為の費用がかかります。
「人とのつながり」を維持する為のお付き合いにも一定のお金が必要です。
これらに必要な最低限のお金の確保が、まず必須となるでしょう。お金が「幸福度」向上に決定的役割を果たす収入のレベルまでは、
まずは一人ひとりが経済的自己管理、さらに公的制度・政策、企業経営の課題として留意する必要があります。


(1)Easterlin, R. (1974) ‘Does Economic Growth Improve the Human Lot?’ in P.A. David and M.W. Reder, (eds). Nations and Households on Economic Growth: Essays in Honor of Moses Abramovitz, New York: Academic Press, Inc. 
(2)Daniel Kahneman(2010),’High income improves evaluation of life but not emotional well-being
Daniel Kahneman kahneman@princeton.edu and Angus DeatonAuthors Info & Affiliations, August 4, 2010 (sent for review July 4, 2010)
(3)Killingsworth MA, Kahneman D, Mellers B. Income and emotional well-being: A conflict resolved. Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Mar 1;120(10):e2208661120.

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