「幸福」は義務である

幸福は義務である

自分が幸せになることで、周りの人も幸せに

幸福は権利であると共に、義務でもあると考えます。もちろん法的な義務はありませんが、倫理的、社会的には、そう考えた方がよいと思うのです。

なぜ幸福を義務と考えるか。一言でいうと、自分が幸せになることが、周りの人の幸せにつながるからです。逆もまた真なりで、自分が不幸だと感じることは、周囲の人びとの幸福感を低下させます。幸福というと、どうしても我々は個人的問題ととらえがちですが、家族や職場、組織、社会全体の問題なのです。

ゆえに、従業員幸福度の観点からも、自らが従業員として、あるは経営者として幸福になることは、大いに意義があると考えます。

「三大幸福論」のひとつとして有名な、アランの『幸福論』には「幸福になる義務」と題した一節があります。

「幸福になる義務」

幸福であることが他人に対しても義務であることは、十分に言われていない。幸福になるという誓い以上に、愛のうちにおける奥深いものは何もないのである。自分の愛する人たちの倦怠、悲しみ、不幸以上に、克服し難いものがあろうか。男も女もすべて、幸福というものは、といっても自分のために獲得する幸福のことだが、それはもっとも美しく、最も気前のいい捧げ物であるということを、たえず考えるべきであろう[i]

また、哲学者の三木清は『人生論ノート』の「幸福について」[ii]でこのように述べています。

幸福は徳に反するものでなく、むしろ幸福そのものが徳である。もちろん、他人の幸福について考へねばならぬといふのは正しい。しかし我々は我々の愛する者に對して、自分が幸福であることよりなほ以上の善いことを爲し得るであらうか。

ある人の幸福は、その人の気持ちに共感する人との間で共有されます。ゆえに幸福となる責任が生じ、自らに義務として課すことも、大切なことだと考えます。

幸福は共鳴し増幅するネットワークである

個人の幸福は、二つのかたちで周囲の人びとに影響を与えます。ひとつは外面的行動で、もうひとつは内面の心理への共感というかたちで。

幸せを実感している人は、必ずそれが外面に表れるものです。そして、他の人をも幸福にするのです。さきほど引用した「幸福について」で三木清は、このように述べています。

「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現はれる。歌はぬ詩人といふものは眞の詩人でない如く、單に内面的であるといふやうな幸福は眞の幸福ではないであらう。幸福は表現的なものである。鳥の歌ふが如くおのづから外に現はれて他の人を幸福にするものが眞の幸福である。

たとえば、タクシーに乗って、いかにも運転手さんが活き活きと幸せそうに働いている様子、明るいあいさつや、最高のサービスを提供しようと、使命感をもって働かれている態度に接すると客の自分まで幸せな気分になり、タクシーに乗っている間だけでなく、その日一日中気分がよいものです。このような経験は、誰しもあるのではありませんか。

また、外面だけでなく、相手が内面で幸せを感じている様子、あるいは不幸を嘆き悲しむ様子に人は共感するものです。親しい間柄、愛情で結ばれている家族や恋人、親友の間では、この幸福の共感の絆は一層強いものとなります。

アダム・スミスは『道徳感情論』の「共感について」[iii]において、こう述べています。

いかに利己的であるように見えようと、人間本性のなかには、他人の運命に関心を持ち、他人の幸福をかけがえのないものにするいくつかの推進力が含まれている。

「共感」のネットワークの有無、強弱は、個人の性格、人間性や、相互の関係の強さによって異なるにしても、人間に備わった普遍的なもののように思えます。幸福は「共感」という能力によって、集団の中で相互に共鳴しあい、増幅するものなのです。

このことは「従業員幸福度(EH)」を考える上で非常に重要な意味を持つと考えます。すなわち従業員の幸福とは、ばらばらに存在する個人の価値ではなく、相互に影響しあい、増殖していくダイナミックな相乗効果のネットワークなのです。

「従業員幸福度(EH)」の高い会社は、顕著な成長を達成している例が多いことが知られています。私の調査データ(2019.10実施)でもそのことは裏付けられます。なぜ「従業員幸福度(EH)」の高い組織は発展するのか、その原動力として幸福の共鳴と共感で増殖していくネットワークの相乗効果が働いていると考えます。逆に「不幸だ」と感じる人が多ければ幸福のネットワークは、どんどん収縮する負のスパイラルに陥ってしまい、組織の衰退をもたらすことでしょう。この働く幸福が増殖するスパイラルを作り出すことが「従業員幸福度(EH)」を高め、ひいては組織の発展をもたらす鍵となるでしょう。(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)


[i] アラン,「92.幸福になる義務」(『幸福論』,白井健三郎 訳)

[ii] (『人生論ノート』(三木 清 著)より)

[iii]アダム・スミス,『道徳感情論』p30

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