“お金持ちになるほど幸せになる”というわけでもない -「幸福のパラドックス」

“お金持ちになるほど幸せになる”というわけでもない -「幸福のパラドックス」

 近年の幸福度への関心の高まりは、いくつも証左をあげることができますが、その根底には、人類の「成長の限界」への問題意識があると考えます。


20世紀までのパラダイムには

「経済的に豊かになれば幸福になる」

幸福の実現= 経済の拡大、成長による福利の向上

という仮説がありました。

 ところが、21世紀に入って、経済成長による福利の向上よりも、

様々な弊害、成長がもたらした地球環境の破壊や、新たな格差の増大など、 

むしろ成長の限界、経済成長による新たな不幸が顕在化してきました。 

 このような経済の拡大成長=幸福の増大というパラダイムの転換点、

真の幸福への警鐘となったのは

1974年、アメリカの経済学者リチャード・イースタリン(Richard Easterlin)

が発表した研究(1)が端緒と考えます。 


 「幸福のパラドックス(イースタリン・パラドックス)」として有名になったこの研究は、

1カ国の一時点のデータを見ると、幸福度と所得の相関関係が見られる-つまり所得の高い人たちのほうが、幸福度が高い傾向がある-のに、

一国が経済成長して所得が上がっていっても、幸福度はほとんど変化しない、というパラドックスの発見でした。


 この調査研究から得られた結論は、要約すると以下のようにまとめられます。

(1)国際比較で、所得の高い国の幸福度が高いとはいえない

(2)一国時系列で比較して、所得の上昇が必ずしも幸福度の上昇に結びつかない

(3)所得がある水準以上になると幸福度が頭打ちになる



(1)国際比較で、所得の高い国の幸福度が高いとはいえない

 例えば先日の記事で例に出した、ブータンと日本の一人当たり GDP を比較すると、日本はブータンの約12倍となっています(2019年、ドル換算)。 日本の幸福度(平均値6.6,2010年)がブータンの幸福度(6.1,2010年)よりもやや高いと述べましたが、幸福度が12倍とはいかなくても、圧倒的に高いわけではありません。
 幸福度の実感は、消費の絶対額の水準よりも、自分の消費額と周囲の平均的な人々との比較で決定されることが多いと言われています。例えばブータンの人々は、自分の周囲の人たちと比べているわけで、日本の家庭と比べているわけではないのです。
 幸福度は所得の絶対水準よりも、格差の大小に敏感に反応することが知られています。一般的に所得水準が高くても格差が大きいと幸福感は下がり、所得水準が低くとも格差が小さいと幸福度は高くなります。
※このことは重要な問題ですので、次の記事で詳しく考察することにしましょう。


(2)一国時系列で比較して、所得の上昇が必ずしも幸福度の上昇に結びつかない

 日本では、1958年から1998年の40年間で日本の実質GDP(国内総生産)は6倍ほど増加したにもかかわらず、生活満足度は一定しており、上昇が見られなかったという調査研究があります(2)。
 この結果は、所得の上昇が必ずしも幸福度の上昇に結びつかないというよりも、人間は、所得が少なく貧しくとも、幸せになれる能力を持っていると解釈した方が良いのではないかと思います。 
 これまでの記事で何度も言及したように、社会学者ヤン・エルスターの言う「適応的選好形成」(欲求の期待水準を下げる、つまり「諦める」ということ)によって、現状を肯定的に受け入れる能力を持っています。 また同じくエルスターの言う「 性格設計」(積極的禁欲的価値観の形成)によって精神的幸福を得ることもできます。
 人間はいかなる状況に置かれても幸福になれる。これはこれで素晴らしい人間の能力じゃないかと思います。人間は本来的にポジティブ・シンキングの持ち主なのです。 

(3)所得がある水準以上になると幸福度が頭打ちになる

 所得水準と、そこから得られる幸福の「飽和点」が存在するということです。 この研究結果は「幸せはお金じゃない」ということを証明する研究とも言えますが、「幸せにはある程度のお金が必要」とも言えます。
 筆者の調査でも従業員の年収と従業員幸福度とは、年収1000万ぐらいまでは、極めてよく相関(正の相関)しますが、それ以上では相関が弱くなる傾向が見られます。
 これは何を示しているかと言うと、近大経済学でいうところの「限界効用逓減の法則」が実際の幸福度調査結果でもよく当てはまるということだと思います。

 経済学でいう効用=幸福と考えて差し支えないと思いますが、「限界効用逓減の法則」とは、平たく言えば「豊かになるほど、もののありがたみが薄れる」ということです。
 例えば、初めて車を買った時の感激は大きいけれど、二代目の時の喜びはそれほどでもない、ということです。収入が少ないうちは、切実な消費欲求の充足度に比例して幸福度は上がりますが、必要なものが揃って、一定の贅沢の欲求も満たされると、幸福度も頭打ちとなり、かえって、経済的な豊かさによって生じる家庭内のいざこざが、新たな不幸の火種となって、人々の幸福度のばらつきに影響してくるということでしょう。こういうことは経験的にも納得がいくことだと思います。

 イースタリンの調査研究には、少なからず反証もありますが、いずれにしても、これをきっかけとして、 GDPに象徴される、物質的経済規模の拡大、成長至上主義の経済が大いに疑問視されるようになったのです。

(1)Easterlin, R. (1974) ‘Does Economic Growth Improve the Human Lot?’ in P.A. David and M.W. Reder, (eds). Nations and Households on Economic Growth: Essays in Honor of Moses Abramovitz, New York: Academic Press, Inc. 

(2)大竹文雄、白石小百合、筒井義郎、『日本の幸福度』日本評論社、2010年、p270.

前の記事↓
https://ameblo.jp/wineclub/entry-12604161964.html?frm_src=thumb_module

(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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