「幸福」とは何か(その18)宗教による幸福の時代②ソーシャルキャピタルとしての宗教の貢献

ソーシャルキャピタルとしての宗教のネットワーク

第二に、宗教組織がソーシャルキャピタルを構築、蓄積することで、人びとに様々なソーシャルサポートを提供したことで、幸福感(Happiness)、福利(Well-being)両面での大きな役割を果たしました。

これには宗教の持つ「喜捨」の精神が活動の推進力となったことは間違いないと思われます。三大宗教(その他の多くの宗教もそうですが)の教義には「喜捨」を尊ぶ精神が共通しています。「喜捨」ということば自体、仏教から出たことばですし、キリスト教においては貧者への施しが「愛」の実践として、イスラム教では制度的喜捨としての「ザカート」、自由喜捨である「サダカ」が重視されてきました。

マクロ幸福論の視点からは、社会福祉が制度化される以前の時代にあっては、宗教による互助協同を広く推奨する規範や、教会、自社等による慈善活動、救貧、医療、公共事業等の地域活動が、多くの住民の幸福、福利に大いに貢献したことが知られています。

ソーシャルサポートとは「社会的関係の中でやりとりされる支援のこと」ですが、ソーシャルサポートは幸福度に大きな貢献をすることが各種の調査研究で分かっています。筆者の調査研究でも、ソーシャルサポートが従業員幸福度に大きく寄与することを統計的に確かめることができています。

ソーシャルサポートは、次の五つの機能を持つとされています[i]

・情緒的サポート:共感や愛情の提供

・道具的サポート:形のある物やサービスの提供

・情報的サポート:問題の解決に必要なアドバイスや情報の提供

・評価的サポート:肯定的な評価の提供

教団が人間関係のネットワークを構築し、そこでの直接的なふれあいを提供することで、情緒的サポートや評価的サポート機能により、人びとに心の支えと生きる希望をもたらし、幸福感(Happiness)に大きな貢献をしたことでしょう。

人間にとって死ということが不幸な出来事であることは論を俟たないと思いますが、なかでも自殺という行為は不幸の極致と言えるでしょう。この自殺という不幸の抑止に宗教が大きく貢献してきたと考えます。

宗教による自殺の抑止には、教義による抑止と教団の人間関係によるソーシャルサポートという、二つの力が効果的に働いていると考えられます。

よく知られている通り、キリスト教では自殺が禁止されています。知人から聞いた話ですが、ある女性が離婚して心理的に打ちのめされていたが、キリスト教徒であったので自殺を思いとどまった、という話を聞いたことがあります。イスラム教、仏教をはじめ、多くの宗教が自殺を禁じています。

また、世界で自殺率の高い国々は、宗教が弾圧されたロシアをはじめとする旧共産圏、日本などキリスト教徒の少ない国々に多く、キリスト教、非キリスト教圏の国々と自殺率の分布の地図が見事に一致します。

韓国は世界的にも非常に自殺率が高いのですが、宗教と自殺容認度の関係について調査した興味深い研究があります[ii]。二〇一四年に発表された研究によれば、礼拝への出席率と信仰的熱心さが自殺容認度を下げているとのことです。なお、自殺容認度が最も低いのはプロテスタントであり、以下、カトリック、仏教徒の順であり、無宗教者が最も自殺容認度が高くなっています。

宗教団体への所属先は、自殺容認度とほとんど関係がないということです。プロテスタントは一般的に活動が活発であり、参集する頻度も多い傾向にあるということですから、宗教の教義も自殺抑制効果があると思いますが、むしろ礼拝等の宗教的儀式での人間的接触、そこでの人間関係のコミュニティの機能が効果的に働いて、自殺を思いとどまらせている可能性が高いと考えます。

宗教組織が果たしたソーシャルキャピタルの蓄積、ソーシャルサポートの機能は極めて多岐にわたりますが、おおよそ次の三つにまとめることができると考えます。

・交流、メンタリングなど精神的なサポート

・初等教育から高等教育までに至る人材開発的なサポート

・救貧、医療、農業、土木工事などの福利的なサポート

具体例は枚挙にいとまがなく、社会福祉が貧弱な中世の時代にあって、宗教の果たした役割は、現代に至るまで、計り知れないほど大きいと考えます。
(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)
※写真は筆者が育った長崎県高島。長崎では人が住む島には必ず教会が有った印象があります。向こうに見えるのは伊王島。端島(軍艦島)も隣の島でそこにも2年間住んでいました。
前の記事↓
https://e-happiness.co.jp/age-of-happiness-by-religion/


[i] 厚生労働省ホームページ『e-ヘルスネット』https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-067.html

[ii] Jong Hyun Jung, Daniel V. A. Olson Religion, Stress, and Suicide Acceptability in South Korea Social Forces, Volume 92, Issue 3, March 2014, Pages 1039–1059,

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です