「幸福」とは何か(その17)宗教による幸福の時代①

宗教による幸福の時代

古代がエリートによる幸福論の時代だとすると、中世は仏教、キリスト教、イスラム教の三大宗教をはじめとする宗教が発展し、それら宗教に基づく幸福が、大衆に幅広く浸透した時代ということができると思います。古代でも原始的な宗教は存在し、幅広くの信仰を集めていたと思いますが、自然崇拝、豊穣祈願、呪術的性格が強く、思想としての体系的完成度、人間の生きる道しるべとしての宗教的幸福感の洗練、教団としての組織活動の充実は時代とともに進行したものと考えます。そして、宗教が人びとにもたらす幸福への影響は、現代でも極めて広く深いものがあります。

ここでは、以下の三つの視点から宗教が与えた幸福について述べることとします。

第一は、宗教のもたらす個人の幸福観

第二は、ソーシャルキャピタルとしての宗教のネットワーク

第三は、労働の価値を積極的に肯定することによる幸福感、経済発展への貢献

宗教のもたらす個人の幸福観

第一の宗教のもたらす個人の幸福観ですが、現世における幸福感と、来世を想定した幸福感の二つの側面があります。

現世における幸福という点では、際限のない欲望の追求を戒め、心の安らぎを重視する思想は三大宗教のいずれにも共通しています。欲求の抑制による「性格設計」によって幸福感を得る思想は人間の外的条件の変革よりも内的世界の変革によって幸福感を高めるメカニズムであり、行き過ぎればあまりにも現状追認的で必要な社会変革を抑制する副作用もありますが、多くの人々にとって可能な幸福を追求するには社会的にも効用の大きいものであったと言えるでしょう。

来世を想定した幸福観も多くの宗教に共通しており、宗教、宗派により違いはありますが、いずれも何らかの形で、来世での至福を説いています。これには当時の医療の未発達、実生活の厳しさも影響していると考えられます。

当時は新生児、若年、壮年での死亡率が高く、例えば、ローマ時代の平均年齢が二十歳代であったといわれていますが、多くの人が二十歳代で亡くなったのではありません。新生児、乳児の死亡率が非常に高く、青壮年での疾病による死亡の率も高いため、老人になるまで健康に恵まれた人は少なかったことが、平均年齢を押し下げていたのです。長命を保って老年まで生命を全うできる人がいる反面、若くして亡くなる人が非常に多かったため、身近な家族の死というものが、極めて日常的な光景であったろうと思います。

現代においても家族を失うということ、とりわけ子供や配偶者、兄弟を失うということの悲しみは、計り知れないものがあります。そのような家族の死という不幸な出来事の心の痛みを少しでも和らげるため、死者の来世での幸福な未来というものを救いとしたものと考えられます。死にゆく者を看取る家族にとって、希望としての来世の幸福が幸福の主要な関心事となったのも無理からぬことと思います。パスカルは「キリスト教徒は来世に幸福になる準備ばかりしている」と言いましたが、現世における不幸を少しでも和らげるという効果が宗教によってもたらされたものと考えます。

もう一つは実生活の苦しさというのも影響していると思われます。現世の生活が辛く厳しいものであるだけに、来世は幸福であるという風に共通の信仰を持つこと、実生活の上でも現世の希望となったと思われます。自然災害の災禍は防ぐすべに乏しく、様々な天変地異によって生活は不安定で経済的にも脅威にさらされ、社会保障も今と比べると無いに等しく、随分と厳しい現実の中で、人々は一喜一憂していたものと思われます。

来世の幸福ということは、必ずしも現実の幸福をないがしろにして、ひたすら未来の幸福を説くというものではありません。モルトマンの「希望こそが現在の幸福なのだ」という言葉の意味するところは、将来の希望としての来世の幸福が、現実の励みとしての幸福にもなるということだと思います。その意味では宗教的恩恵としての来世の幸福というものは、決して逃避的意味ではなく未来への希望という形でまさに現世の幸福を支えるものであったと考えます。しかし、来世の幸福を希望に生きるという考え方は、現世の励みにはなったとしても、やはり限界があります。

宗教観による来世の幸福と、諦観と現状を受容するという「性格設計」としての現世の幸福というものだけでは、客観的福利(Well-being)の向上にはつながりません。現世的幸福の追求、実生活上の市民の権利というものを高らかに主張して、現世の幸福を謳歌するというのは、人類の大多数を占める、大衆の権利を飛躍的に高めることでしか実現するものではありません。実生活の現世の幸福を、権利として高めていこうという、市民革命による幸福の大衆化が、時代の必然として期待されることとなったのです。
次回は、第二のソーシャルキャピタルとしての宗教のネットワーク について述べたいと思います。

                     (松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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