「全ての職業は等しく仏行なり」鈴木正三 宗教による幸福の時代⑩「幸福」とは何か(その30)

「全ての職業は等しく仏法なり」鈴木正三 

鈴木正三(1579年1655年)は江戸時代初期に活躍した曹洞宗の禅僧です。出家する前は武士であり、関ヶ原の合戦、大坂の夏・冬の陣にも出陣した旗本です。

歴史上、武士で出家した人は、西行はじめ、それまでにも例がありますが、正三は出家遁世、世捨て人となって孤高の修行に励むのではなく、自らの修行の成果を、多様な人々の働く幸福のために役立てようと、精力的に活動しました。

正三は、出身地の三河、天草、江戸と熱心に布教を続ける傍ら、仮名草子という出版物を多数、執筆しています。

仮名草子とは、江戸時代初期に庶民を対象として平易な仮名、または仮名交じり文で書かれた、物語・散文作品を総称したものです。正三は、数多くの仏教説話を仮名草子として著し、仮名草子作家としても筆頭クラスに挙げられるほどですから、出版と言う事業を通じて広く布教を意図していたことがわかります。

中世時代の写本から脱却し、木版による大量印刷が可能になったことで、正三の仮名草子は、飛躍的に多くの民衆の読者を獲得するようになりました。

当時の最新のメディアを活用して、マス・コミュニケーションによる布教を展開したところに正三の先進性が窺えます。 

正三は曹洞宗の禅僧ですが、法然上人等の専修念仏にも深い理解を示し、宗派にこだわらず寺の再興に尽くす一方、対立する仏教の僧、宗教者との論争も厭わず、キリスト(カソリック)教を批判する論文『破切支丹』も書いています。 その闘争心旺盛な姿勢は、日蓮聖人と通ずるものを感じます。

正三の思想一言で言えば、 世俗的職業の全てに尊い価値を認め、それぞれの職分に誠実、勤勉に打ち込むことが、仏行、すなわち神聖な仏教的悟りを得るための実践そのものであるとしたことです 。

正三は「世法即仏法也」と断言し、世俗的職業そのものが仏道修行であるとしています。 

「何の事業も皆仏行なり。人々の所作の上において, 成仏したまうべし。仏行の外成(はかなる)作業有るべからず。一切の所作、皆以 (みなもって)世界のためとなる事を以(もって)しるべし。」(『万民德用』)

正三は、当時の身分制度の枠組みを職能ととらえ、『武士日用』『農人日用』『職人日用』『商人日用』を著し、各々の職分を一心不乱に果たすことが、そのまま仏行になると説いています。 

例として、正三の言行を弟子、慧中が記録した『驢鞍橋』から引用します。

「然るあいだ、農業を以て業障を尽くすべしと大願力を起こし、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏南

無阿弥陀仏と耕作せば、必ず仏果に至るべし。」(『驢鞍橋』、上巻、九八節)

また当時の封建的身分制度の中ではありますが、次のようにすべての世俗的職業に、それぞれかけがえのない、平等な価値を認めています。

「武士なくして世治まるべからず。農人なくして、世界の食物あるべからず。商人なくして、世界の自由成べからず。此外所有事業、出来て、世のためとなる。天地をさしたる人もあり、文字を造出たる人も有、五臓を分て医道を施人もあり。其品々限なく出て、世の為となるといへども、唯是一仏の徳用なり。」(『職人日用』)

このことは、全ての職業に、等しく神聖な宗教的意義を認めるという点で、宗教革命におけるカルヴィニズムの思想と非常に近いものがあります。

とりわけ、士農工商と最下級の身分に置かれ、西欧においても商業蔑視の思想が根強くあった中、「商人なくして、世界の自由成べからず」とし、商人の営利行為を正当なものと認め、流通業の機能、付加価値を積極的に評価していることは、石田梅岩の思想を先取りしていると言えるでしょう。 

鈴木正三は石田梅岩の生まれる30年前に亡くなっていますから、直接の面識はなかったものの、梅岩が拓いた石門心学の思想に強い影響を与えています。

余談ですが、天草での布教は、島原の乱後、初代代官を務めた実弟の鈴木重成の求めに応じたものです。この鈴木重成という人は、島原の乱で一番乗りの武功を挙げ、 初代代官に任じられた人物です。 領民の重税に抗議(その後息子重辰の代に年貢半減)して切腹したという伝説(史実は病死とも)があり、兄、正三、養子重辰(正三の実子)と共にに鈴木神社に祭神として祀られています。 鈴木塚は天草三十余ヶ所に分祠され、今も「鈴木さま」として信仰を集めているとのことですから、兄弟揃って、民衆の心に寄り添い行動する人だったのでしょう。

(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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