「幸福」とは何か(その11)積極的幸福選択を促進する「期待理論」の活用
積極的幸福選択を促進する「期待理論」の活用
「従業員幸福度」の観点からは、組織内の従業員に「適応的選好形成」を過剰に蔓延させないようにすることが必要でしょう。実際の組織、職場で働く多くの従業員には、欲求の対象や達成水準の目標を下げることで、そこそこの幸福を得ようとする「適応的選好形成」が不可避的に発生します。
意識的な「性格設計」のマネジメントにより成長や職場組織の変革への動機付けを図ることが望ましいと考えます。従業員が自己成長や職場の改善、変革を図るためにはこのような従業員の幸福を得るための「適応的選好形成」を発生させない支援が必要です。
この「適応的選好形成」の弊害抑制には、ブルーム、ポーター=ローラーらの「期待理論」を幸福と結びつけで考えることが役に立つでしょう。「期待理論」は従業員の幸福の追求と、パフォーマンスの効果的マネジメントを効果的に結びつけるために、次のような知見を提供してくれます。
①従業員が行動へのモチベーションを感じるかどうかは、得られると期待される報酬が従業員の欲求の対象と合致するか、魅力的かによって決まる(誘意性)
②たとえ報酬が従業員の欲求と合致していても、達成できそうだという期待、確信(可能性に対する主観的確率)がなければ行動は起こさない
③「可能性に対する主観的確率」を高めるには道具性(一次的目標達成によって得られる結果が、上位の目標達成にどれくらい役に立つかという見込み、このようにすれば達成できると言う期待を促進する仕組み)を高めることが必要である
より質の高い「従業員幸福度」への動機付け理論の活用
「防衛機制」や「期待理論」を幸福と結びつけることで、人間が報酬を認識しながら、なぜ行動を起こさないかということについて、より説得力ある分析ができると考えます。すなわち、人間が幸福を得る方法は二つあることを明らかにしてくれます。
一つは魅力ある目的を欲求の対象として定めることで自らの幸福を実現するために懸命に努力することです。結果としての幸福感だけではなく実現を目指す幸福の価値を問うことで、より素晴らしい人生の実現、大きな幸福を手に入れる可能性は高まります。
二つ目は、人間は欲求の対象である目的そのものを「適応的選好形成」によって、達成可能な対象、水準に加工し、そこから得られる達成感を幸福として手に入れることです。防衛機制のメカニズムとして、心理的安定を維持し、精神の崩壊を防ぐという機能もありますが、無意識的な幸福の選択、「適応的選好形成」の過剰な発現は、本人が努力すればえられたであろうより積極的な幸福実現の可能性を閉ざすことにもなります。
幸福がこのような特性を持つことをふまえ、「従業員幸福度」を高めるためには、次のようなマネジメントが必要と考えます。
①従業員の主観による選択は尊重しつつも、欲求の対象となる目的の適切な啓発よって「従業員幸福度」と「業績」の高いパフォーマンスの相乗効果を目指す。
②従業員が行動しないのは、幸福になることを放棄しているのではなく、むしろ幸福を得るために「適応的選好形成」を行っている場合が少なくないので、「可能性の主観的確率」を高めるマネジメントの工夫、達成能力を高め自己効力感を向上させるサポートを行う。
このように「快楽説」への問題を克服すべく提出された「欲求達成説」ですが、全ての問題を克服することはできていません。しかし「欲求達成説」は幸福の主観性を尊重しつつ、現実の実践、行動を考慮に入れたこと、欲求の対象、目的の意味を取り扱うことで実践への活用の範囲を広げることができると考えます。
「欲求達成説」は、その名前からもイメージできる通り「動機づけ理論」と親和性が高いように思います。すなわちモチベーションのマネジメントに幸福という概念を結合することで相乗効果を発揮させることができると考えます。
アブラハム・マズローは「人は、自分がなりうるものにならなければならない。人は、自分自身の本性に忠実でなければならない。このような欲求を、自己実現の欲求と呼ぶことができるであろう。」[i]と述べました。マズローの「欲求段階説」の観点からは、従業員の安全の確保、雇用の安定、集団帰属からの疎外を防ぐ、職場のソーシャルサポートなどの環境を整備し従業員が「自己実現」をはじめとする高次の欲求へのチャレンジを支援することで、量的にも質的にも高い「従業員幸福度(EH)」の実現が促進されることでしょう。(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)
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[i] アブラハム・マズロー『人間性の心理学』 (1987年、産業能率大学出版部)」