ギグ・ワーカー(Gig Worker)の増加、ギグ・エコノミーの拡大

デジタル・エコノミーの進展によるギグ・ワーカー(Gig Worker)の増加

 ギグ・ワーカーと呼ぶフリーランスの新しい形態で働く人々が増加しています。フリーランスとは、ランス(Lance)という言葉からも分かるとおり、中世ヨーロッパにおける、意義と報酬に応じて一時的な所属で戦う、自由な立場の傭兵が語源ですが、デジタル・エコノミーが急拡大している現代において、ギグ・ワーカーというデジタル傭兵とも言うべき、新しい労働形態を生み出しました。

 21世紀に入って、インターネットを中心とした技術革新により、急速に拡大しつつあるデジタル・エコノミーの申し子と言えるでしょう。

 特に近年、インターネット上のプラットフォームサービス、クラウドソーシング等を介して単発の仕事(ギグ・ワーク)を請け負う労働者が増加しており、ギグ・ワーカー(Gig Worker)と呼ばれるようになりました。

 ギグ・ワークの語源は、英語の「ギグ(gig)」と「ワーク(work)」とを組み合わせた造語です。ギグとは、アメリカにおいて、ジャズ・ミュージシャンが、気のあった仲間同士と単発で即興演奏することを指し、そこから派生して単発の仕事をギグと呼ぶようになりました。

 多くは企業に属さないフリーランスや個人事業主の人々ですが、企業に雇用されながら副業としてギグ・ワークを営んでいる人も少なからず存在します。

■急拡大するギグ・ワーカーの実態

 近年、ギグ・ワーカーの人口は増加の一途をたどっています。すでに日本国内のフリーランスの実態は、2020年現在、1034万人に達するということです。これは全人口の15%を占める割合です。

   すでにアメリカではフリーランス人口が5700万に達し、全人口の35%を占めるまでになっています。

出所:【ランサーズ】フリーランス実態調査2020年版

 ギグ・ワーカーの拡大を後押ししているのはインターネットであり、ギグ・ワークのプラットフォームであるクラウドソーシングが活況で、クラウドソーシング大手4社主要サイトの累計登録者数は、5月末時点で、昨年末比約15%増の約700万人となったということであり、全就業者の約1割に達します。(日本経済新聞電子版2020/6/23)

■ギグ・ワーカー活用のメリット

【マクロ経済のメリット】

・労働力不足対策

少子高齢化で労働力の減少が加速する中、政府は労働力不足を補う目的で2017年以降、働き方改革の柱の一つに副業促進を掲げてきました。労働力の不足を副業行う従業員によって補完することができます。働く側にとってはダブルワークに夜収入拡大も見込めます。ただし過重な労働負荷に陥るというリスクもあるので、 健康状態のチェックも不可欠です。

・人材の流動化によるスキル資産の最適化活用促進

これまでは高いスキルを持った人材が各企業に縦割りで囲い込まれており、必ずしもそのスキルが資産としてとして社会全体で有効活用できていない面があります。

人材とそのスキルが、縦割りの弊害により、未活用の人的資源として潜在的余剰が発生したり、逆に人材不足になっている企業があったりという 労働力のムダ、ムラの解消が期待されます。

【企業側のメリット】

・必要なスキルを持った人財の機動的活用

 企業など発注する側にとっては、需要の変動に応じ柔軟に、必要な時に必要なだけ、ピンポイントで人材を調達できる点が大きなメリットです。企業の内部に全てのニーズに対応するスキルを持った人材を従業員として抱え込もうとすると膨大な調達費用を要するので非現実的であり、限られた経営資源では不可能です。

 基幹要員は従業員として雇用し、変化するニーズ、変動する需要に対応するために、必要な時に必要なスキルを持つ外部の働き手にプラットフォームを通じてアウトソースすることで、質的にも量的にも、最適の人材ポートフォリオを構築することができます。

 実は筆者も10年近く前からクラウドソーシングを通じてギグ・ワーカーの人たちの力を借りています。多彩なスキルを持った豊富な人材を雇用できない中小零細企業にとって、実に頼もしい外部人材の活用手段であると価値を実感してきました。

・ローコストでの人財調達

 常時雇用する従業員と異なり、需要のある時だけ、安価に仕事を依頼、人財を調達できます。現行法規では、従業員としての雇用契約ではないので、最低賃金の規制はなく、時間外労働手当、年金、健康保険等社会保障負担、福利厚生費、職務遂行に必要な環境、資材等の費用負担は発生しません。しかし、これはそのまま、働く側にとってのデメリットにもなります。

【企業と従業員win-win のメリット】

・自社従業員の副業で企業と従業員、双方シナジー効果が上がる関係

 自社の従業員の副業を認めることで、従業員にとって仕事の内容や収入に関する閉塞感を払拭することができます。

企業の側では副業で得た知見やスキル、ネットワークなどが、自社にフィードバックされ現在の資産価値を高める効果が期待できます。

 ただし後述するようにうまくメリットが出ず、むしろ弊害が顕在化する危険性もあります。

【働く側のメリット】

・自己実現につながる

 自分の得意分野や興味のある仕事のみを選んで受注することが可能になり、働き手の自己実現につながることが期待できます。前述の調査でも「フリーランスになった理由」として、自営業系独立オーナーの約5割、自由業系フリーワーカーの約4割が「自己実現のため」を挙げており、理由の第1位となっています。

・自由で柔軟な働き方

 時間や場所の制約のない柔軟な働き方を実現できることも大きな魅力です。前日の調査でも、 フリーランスはノンフリーランスと比べて、全般的に働き方の満足度が高く、特に「自由である」という項目の満足度は、フリーランスが70%に達するのに対し、ノンフリーランスでは44%にとどまっています。

■ギグ・ワーカー拡大のデメリット

【マクロ経済のデメリット】

・労働者全体の所得・購買力低下

 今日のギグ・エコノミーの隆盛は、発注側企業の人件費コストダウンへのモチベーションによって支えられていると言っても過言ではありません。ギグ・ワーカーを保護する仕組みが整備されない限り、全就労人口に占める企業に雇用された従業員が減少し、ギグ・ワーカーが増加するほど、 労働者全体の所得が低下する懸念があります。それは消費全体の抑制につながり、経済をシュリンクさせる危険性があります。企業のコストダウン圧力を野放しにしたままでは、合成の誤謬によって、ギグ・エコノミーの拡大はデフレ圧力となるでしょう。

・経済的な貧富の差、格差社会の進行を助長

 ギグ・ワーカーの稼ぐ力は、均等ではなく 、実力の格差が如実に表れると考えられます。 その収益力はパレートの法則(2割の優秀な人材が、ギグ・ワーク全体の収益の8割を上げる)そのまま従うと考えて、まず間違いないでしょう。これはそのままギグ・ワーカー全体の貧富の差、格差の向上につながると考えられます。

 企業が従業員に支払う賃金体系は、個々の従業員の実力差をそのまま反映したものではなく 、一定の所得の再分配機能を持っています。とりわけ日本ではその傾向が強く、企業によって差がありますが、かなり平等主義的な再分配がなされているものと言えるでしょう。それが行き過ぎた場合は悪平等の温床ともなる懸念がありますが、社会全体の安定を高める仕組みとしてはプラスの働きも持っていると考えられます。

 全就業人口に占める企業に雇用された従業員の比率が高ければ、民間企業全体で所得の再分配が行われていると見ることができますが、ギグ・ワーカーの比率が高まれば高まるほど、個々人の収益力の差が所得格差となってダイレクトに表れてくることになります。

 従ってギグ・ワーカーの増加は、そのまま貧富の格差の拡大となって顕在化するでしょう。

【企業側のデメリット】

・従業員の帰属意識が希薄化、自社の職務がおろそかになる可能性

 従業員が本業である会社の業務と副業が適切なバランスが取れればいいのですが、副業とはいえ、仕事である以上、要求されるクオリティや質を満たすために高いコミットメントを問われるでしょう。下手をするとどっちが副業かわからなくなるぐらい、本業がおろそかになる危険性があります。

 また、従業員から見て自社の魅力度が低ければ、次第に帰属意識が希薄なものとなるでしょう。結果として所定の労働時間は勤務を続けながらも、従業員として所属している会社の職務がおろそかになる可能性はあり得ると思います。

【働く側のデメリット】

・構造的に弱い立場にありながら労働者のような保護が欠如

 ギグ・ワークの発注側企業とギグ・ワーカー個々人の交渉力を比べた場合、一般的に発注側企業の購買力の方が圧倒的に強いと思われます。筆者の経験でも、発注する仕事内容にもよると思われますが、常に買い手市場でした。発注した仕事はデザイン、分析等の業務でしたが、いずれも単純作業ではなく高度な専門性が必要な仕事です。例外はあるにしても、概ね発注側企業が優越的地位にある需給構造と考えられるので、ギグ・ワーカーを保護する仕組みが整備されない限り、常に不利な受注条件を強いられる懸念があります。

 ギグ・ワーカー、ギグ・エコノミーというと、新しい働き方、新しい経済の出現のようですが、見方を変えると、自由で柔軟な働き方と引き換えに、19世紀的な労働者の無権利状態、守られていない労働者の時代に逆戻りとも言えます。

前述の調査でも「収入がなかなか安定しない」ことが、自由な働き方継続の障壁の第1位(43%)となっています。

 今日、ギグ・エコノミーの旗手として注目されている企業のビジネスモデルは、労働者保護の規制から逃れる形で、高収益のビジネスモデルを確立している場合がほとんどです。

現時点では日本を初め諸外国でも、ギグ・ワーカーは個人事業主の扱いであり、最低賃金法の対象に含まれておらず、その他労働者のような保護、セーフティネットが欠如しています。ギグ・ワーカーを守る法整備や行政の仕組み、ギグ・ワーカー相互の団結のネットワークは未整備であり、ようやく法制化の仕組みや保護政策が始まったばかりという段階です。

何らかの規制が必要ですが、あまりにがんじがらめのセーフティネットを作ると、ギグ・ワークの良さ、自由で柔軟な働き方が阻害される危険性もあります。

しかし、ギグ・ワーカーが、あまりに無防備な現状は、世界的に問題視されており、カリフォルニア州では「ギグ・エコノミー規制法」が成立しました。日本でも厚労省を中心として、ギグ・ワーカーを保護する仕組みが研究されており、今後整備されていくと推察されます。

■ギグ・ワーカーは、これまでの従業員としての働き方に対するアンチテーゼ

ここまでギグ・ワーカーの増大、ギグ・エコノミーの拡大がもたらす新たな可能性と働く人々にとっての脅威について述べてきました。ギグ・エコノミーの拡大は、無防備の働く人々を際限なく増やしてしまうという危険性もありますが、新たな産業民主化の可能性も秘めていると考えます。

企業の内部に従業員として人員を抱え込むよりも、必要な時に必要なスキルを持つ外部の働き手にプラットフォームを通じてアウトソースする方が、企業・働き手の双方の時間や費用の効率化につながるという考え方が根底にあります。

そういう意味では、働き手、企業の双方にとって クローズドな従業員の雇用という形とは異なる、新しく、対等なwin-winのいい関係を造る可能性を秘めていると考えます。

いろいろ問題もあるギグ・ワークですが、18世紀に始まった産業革命以来、これまで当然と思われていた従業員としての働き方、一か所の事業所に固定的に雇用され、専属の雇用契約を結び、自分の仕事の全てを委ねるという働き方(労働力の独占的提供契約)を見直すきっかけ、アンチテーゼとも言えます。

これまでの従業員は、特定の組織に対して忠誠を誓い、囲い込まれることで一定の安定した労働条件を得ることに成功しましたが、組織の所属に縛られて自由が規制されているということでもあります。

考えてみれば、仕事の内容と働く場所、時間を固定されて、指揮命令に従わなくてはならないという身分は、本当に幸せな働き方か、振り返ってみる必要があるでしょう。

それをみんなが一緒に力を合わせて働くためには、守るべき共同のルールと捉えるか、個人の自由を束縛し、働く幸福度を低下させる要因と見るのか、よく考えてみる必要があります。

ギグ・ワークというものも、弱い立場にある働く個人を守る仕組みなしに無秩序に拡大していくことは明らかに問題がありますが、ギグ・ワークを単純に規制するのでなく、企業との対等で緩やかな関係づくりがなされれば、新しい産業民主化の可能性を広げるものと考えます。

それは本書のテーマである従業員の幸福度にも大きな影響をもたらします。これまでは従業員は、専ら特定の組織のみに所属して働く人々を指していましたが、このクローズドな雇用契約の形態も、新たな多様な働き方が模索され、雇用形態の見直しも追求されていくでしょう。弱い立場の働く個人が、分断され各個撃破されることなく、適切なセーフティネットによって守られれば、より自由で創造的な働く幸福を追求する可能性が拡大していくと考えます。

(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)

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