神道・仏教・儒教の融合による日本の労働観②「幸福」とは何か(その27)
(1)汎霊信仰
神道では「八百万の神」と言われるように、自然崇拝、あらゆるものに霊が宿るとする汎霊信仰が、日本において農耕文化とともに深く根を下ろしています。
神道が影響を与えたというより、それ以前からの原始的習俗や信仰が神道の形成に影響を与えたと言えるかもしれません。
宗教の類型としてはアニミズムに分類されますが、これらは、アニミズムの一般的特徴として、神道に固有のものではありません。
自然崇拝は、かつて世界中で見られたことですが、キリスト教の広範な布教、信仰の広がりに伴い、自然崇拝は邪教として迫害されました。それでもヨーロッパ中・北部で広く催されている夏至祭りの伝統などに、その名残を見ることができます。
日本の場合、キリスト教の影響が部分的に止まり、伝来宗教である仏教は、日本古来の信仰と融合する形で広まったため、地域の自然、道具や生産物全般に霊性が宿るとする信仰が、現代に至るまで色濃く残っています。このことは、 日本人の仕事観に大きな影響を与えていると考えます。
典型は、皇室の「新嘗祭」を代表とする宮中祭祀であり、農耕祭祀が神聖な行事として尊重されていることからも明らかです。
手工業で言えば、針供養等の行事、付喪神(九十九神)の信仰等はその典型であり、生産活動に必要な道具にまで崇敬の念を持つという精神は、仕事への真摯な取り組みを、ひいては仕事の成果への責任感という形で現れてきたと推察します。これは日本のものづくりの伝統として、現代に至るまでつながっていると考えます。
(2)祖先崇拝(先祖祭祀)
祖霊信仰は、かつては世界中に広く見られましたが、前述の通り、キリスト教圏では原始的な邪教であるとされたため希薄です。
祖先崇拝は日本仏教と密接に結びついています。これは仏教がインドではなく中国を通じて伝来したために儒教の祖先崇拝と融合した中国仏教の性格と、日本古来に持っていた祖先崇拝とか親和性があり、日本仏教の中にも神、仏、儒が融合した形で祖先崇拝が形成されていったと考えられます。
櫻井圀郎は祖先崇拝と幸福について、次のように述べています。
「祖先崇拝とは,家と家員の存在と幸福な生活には死亡し た先祖の霊が影響していると信じ,祖先を崇拝し,敬い祀り,家と家員の守護 と祝福を願う社会精神的な信仰体系である。祖先崇拝においては,生存家員は, 家や自己の存在が祖先に由来するものと考え,「祖先あっての自己」として,祖 先への感謝と崇拝をささげ続ける一方,祖先は,子孫やその家を祝福し,恩恵 を与え,災厄や不幸を除去し,不慮の事故や事件からから守るなどをし続ける ことになる。ここには,祖先と子孫との間の恒常的な交流の関係が存在するの である。いわばタテ関係の精神体系である。」
(櫻井圀郎 キリストと世界 : 東京基督教大学紀要13 2003 p44 – 81)
この祖先崇拝を基底としたタテ関係の精神体系が、働く人々の家のあり方から始まり、今日の日本企業の、経営のあり方にまで影響を及ぼしていると考えます。
日本は世界で一番多くの長命企業が存在します。
創業から100年以上を経過した企業の数を国別に調査した結果、日本は3万3076社で、ダントツの一位です[i]。
日本最古の企業は、世界最古の企業でもあり、株式会社金剛組は、宮大工を発祥とする建設会社で、なんと古墳時代末期の578年創業で現存する世界最古の企業であり、今も存続しています。
日本は島国で他国の侵略を受けていないと言う要因はあるにしても、いわゆる祖業を大切にすると言う日本的な精神文化が強く影響していると考えられます。 それは一方で労働力の流動性の低さ企業の必要な新陳代謝の阻害により、イノベーションの阻害につながっている面もあります。
本来、企業は、社会学者、テンニースの分類によればゲゼルシャフト(機能集団)であるべきですが、日本の企業の場合、ゲマインシャフト(共同体)的な心理的結びつきを重視した、コミュニティとしての性格が非常に強いことを、J.アベグレン[ii]をはじめとする研究者も指摘しています。
個々人の働く幸せに目を向けると、このような企業のコミュニティ的性格は雇用の安定によって幸福感の維持・向上に大きく寄与してきたと推察します。
一方、異質な意見の排除、出る杭は打たれる式の個人の資質、個性、能力を十分に発揮、開花する土壌は、閉塞性があると言わざるを得ません。
(3)言霊信仰
言葉の力は真に偉大であり、夢や目標を実際に言葉にして書き出すことで、その実現の可能性が高まることは、多くの人が体験から指摘するところです。このことは心理学、行動科学的にも裏付けられると思われますが、反対に起こりうるリスク不幸な事態を予測して言葉にすると、えてして「縁起でもない」と忌み嫌われます。
「縁起でもない(『縁起』は仏教の言葉ですが)」ことを予測しあらかじめリスクに備えることで不幸な事態を避けることができるはずですが日本の社会ではタブーとされ言葉として具体化して発しないことが好まれるようです。
言葉に霊力が宿るとし、 呪術的信仰の対象とすることは、 古くから世界中に見られることですが、日本では特に言霊信仰が強いと言われています。
万葉集には次のような歌があります。
「神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり」(山上憶良 万葉集巻五・八九四)
欧米の会議においても、リスキーシフトと言って、集団的意思決定において積極的意見の方にバイアスがかかり、リスクを指摘する否定的意見が封殺されやすいということはあるようです。
日本では言霊信仰が精神的土壌に深く根を下ろしていることによるのか、筆者が関わった多くの組織においても、積極的、肯定的意見のみが尊ばれ、起こりうるリスクを指摘する否定的意見は、忌み嫌われる傾向が顕著であるように感じます。
筆者があるアメリカのコンピューターメーカーでお仕事をさせていただいた際、その会社の社長(日本人)からこんな話を聞いたことがあります。
「今度の展示会で、日本法人社長の基調講演の代理を用意しておけと言われて、私だったら元気だから大丈夫ですよと答えたら、お前が当日の朝交通事故で死ぬかもしれないじゃないか、と言われて、そこまで考えるのかとびっくりした。」
従業員幸福度を高めるには相当の努力が必要だろうと思われますが、不測の事態は従業員の幸福を根底から破壊してしまいます。
言霊信仰が影響して、リスクマネジメントが弱い傾向があることが日本の組織の弱点とすれば、従業員幸福度の観点からは大きな問題と言えるでしょう。
(松島 紀三男 イーハピネス株式会社 代表取締役)
前の記事↓
https://e-happiness.co.jp/japans-view-of-labor-that-combines-shinto-buddhism-and-confucianism/
[i] (「世界の長寿企業ランキング」、『2020年版100年企業<世界編>』日経 BP コンサルティング)
[ii] J. Abegglen(1958), The Japanese Factory. Aspects of its Social Organization, The Free Press, 占部都美 監訳『日本の経営』ダイヤモンド社(1958)