「幸福」とは何か(その7)「幸福」は「欲求の達成」か?

「幸福」は「欲求の達成」か?

「欲求達成説」(Desire-Fulfilment Theory)は、欲求の対象、目的を定め、その達成をもって幸福とする考え方です。「欲求充足説」(Desire Satisfaction Theory)また、単に「欲求説」(Desire Theory)という名称も使われます。

「欲求達成説」は「快楽説」に対する「心理的快、不快のみしか取り扱わず、意義のある現実の経験を無視している」という批判に対して、「快楽説」の欠陥を回避するものとして、R.M.ヘアらによって最初に提出されたものです[i]

「欲求達成説」は「本人の望んでいる欲求の実現が善である」という考えに立つことで、「快楽説」と同様、「幸福」は主観的であるという前提に立脚しています。「幸福」は主観的なものであるという点は「快楽説」と同じですが、「欲求達成説」の優れている点は、「快楽説」が幸福を単なる精神的「快楽」の量的大小で捉えるのに対し、本人の欲求する目的、意義を明らかにすることで、「幸福」の質的価値を問えるようになることです。これは人生の目的を達成することが「幸福」と捉える視点であり、多くの人の人生経験の実感とも合致するものであり、納得性が高いものでしょう。

多くの人の実感ともよく適合すると思われる「欲求達成説」ですが、次のような疑問があります。一つひとつ見ていきましょう。

「欲求」達成しない限り「幸福」じゃない?

第一の論点は、欲求が達成(実現、成就、満足なども同義とします)されたことのみを「幸福」とするのかという問題です。もちろん欲求が達成した暁には、大きな幸福感が得られることは間違いないでしょう。しかし、未だ達成に至っていない時点では「幸福」ではないのでしょうか。

「幸福」を単純に「欲求するものの達成=幸福」と捉えてしまうと、欲求が達成されるまでは不幸ということになってしまいます。すぐに達成されれば良いのですが、目標の価値が大きく、困難であればあるほど達成には長期間を要し、達成できる可能性も低くなります。そうすると肝心の「幸福」を実感できる期間は遠い先のこととなり、しかも達成できるという保証はありません。不幸である期間ばかりが長く、未達成に終われば、「幸福」は見果てぬ夢であり、不幸ばかりということになります。

このように、欲求の達成=満足を「幸福」と捉えてしまうと、この説は大きな問題を抱えることになると思います。その意味で「欲求達成説」あるいは「欲求充足説」「欲求満足説」という名称は好ましくないと考えます。むしろ単に「欲求説」とする方が望ましいかもしれません。ちなみにサムナーやセリグマンは「欲求説」(Desire Theory)という名称を採用しています。

達成の如何を問わず、欲求に向かって努力する過程自体に「幸福」がある

「幸福」は「欲求の達成」だけにあるものではなく、欲求の対象、目的を自分にとって意味のあるものとして設定し、毎日の生活を意義あるものとすること自体に、人は「幸福」を見出すというのが筆者の考えです。むしろ、「幸福」の重要な源泉となると思われる、「やりがい」とか「働きがい」は、むしろ目標に向かって努力している、そのプロセスで実感するものではないかと考えるのです。

例えば、何らかの成長をしたい、チャレンジをしたいという欲求を持ったとしましょう。資格試験にチャレンジしようとか、志望校に合格したいとか、欲求を目標という形で具体化して、頑張ろうと心に決めたとしたらどうでしょうか。そこから得られるであろう幸福感は、資格試験や入学試験に合格した時点でしか獲得できないものでしょうか。

もちろん合格と言う欲求を達成した暁に得られる幸福感はひときわ大きいものでしょう。しかし、それだけではないはずです。合格という目標を設定し、欲求を具体的に定めた時点で、ある種の高揚感、「幸福」を感じ、それに向かって日々努力している中にも持続的「幸福」を実感できるのではないかと思います。これは筆者の実感ですが、多くの方々の共感も得られるのではないかと考えています。

このことは「幸福度」と「満足度」の関係と言い換えることもでき、欲求達成による満足のみが「幸福」か、という問題とも言うことができます。筆者の調査でも、実際に「幸福度」と「満足度」は一致しないということが明らかになっています。このことは「従業員満足度(ES)」の限界と「従業員幸福度(EH)」の必要性を考える上で重要な意味を持つので、「幸福度」と「満足度」の関係として、下記の記事で詳しく述べています。

https://e-happiness.co.jp/es-eh/
https://e-happiness.co.jp/problems-of-es/
https://e-happiness.co.jp/difference-eh-es/
https://e-happiness.co.jp/es-and-eh/


[i] Hare, R. M. (1976) “Ethical Theory and Utilitarianism”, in Contemporary British Philosophy 4, Allen and Unwin.

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